国際協力への関心
アフガニスタンで生まれ育った私は、中学生のころ情勢悪化に伴いパキスタンへの避難を余儀なくされ、5年間の避難生活を送りました。その間、国際機関やNGOから様々な支援を受け、学校へ通えなかった私たちには教科書や本も届けられました。国境を越えて受けた温かな支援は今でも鮮明に覚えています。そして、その恩返しとして困っている人々の助けになりたいと考えるようになりました。また国連で働いていた祖父の影響もあり、国際協力の仕事に高い関心を持つようになりました。
国費留学生として来日し、大学で建築を学び、日本の大学院で博士課程に進んだ後は、実務経験を積むために休学してアフガニスタンでJICAの人材育成プロジェクトに3年間従事しました。博士課程を修了後は、都市計画を専門としたハード系のコンサルティング会社で約10年勤務していましたが、都市計画以外の分野の経験を積みたいと思い、アイ・シー・ネットに入社しました。
アイ・シー・ネットでの仕事
入社後は、バングラデシュの警備能力強化プロジェクトや、スリランカの公共投資管理プロジェクト、アフガニスタンの人道支援プロジェクトなど、これまで経験してきた都市交通とは全く異なる分野にチャレンジできています。
プロジェクトでは研修や、現地関係者との調整、モニタリングなどを担当しており、これらは前職でも経験があった業務ですが、プロジェクトに従事していると全く経験したことのないことに関わる機会も多いです。当社には様々な専門性を持ったコンサルタントが在籍しているので、プロジェクトメンバーから学ぶことも多く、例えばスリランカのプロジェクトでは財務分析について教えてもらっていて、自分自身の成長を実感しています。
未来のこと
様々な分野の業務に携わっていきたいです。特に教育分野は、学研グループである当社の強みのひとつでもあり、持続可能な発展の基盤だと考えているので積極的に挑戦していきたいです。また、これからはODAだけでなく民間ビジネスにも挑戦していきたいです。国や分野を問わず様々な案件に携わることで、新たな視点や知識を得て成長し続けていきたいと思います。
途上国で働くことの楽しさ
父親が農業系の研究者だったことが影響し、大学と大学院で農業機械を研究していたのですが、1年間ケニアのナイロビ大学農学部で研究する機会がありました。基礎研究が多い日本に対して、ケニアでは実際の農作業で必要とされている技術や機材を開発することに重きが置かれていました。研究が直接農業生産現場の発展につながっていくのが面白く、帰国するころには、またケニアに戻ってこようと思いました。現地の人々の明るさや素朴な感じに魅せられたことも大きいですね。その頃、社会課題を解決したいという大それた強い意識は全くなく、アフリカで仕事することが楽しそうだな、と単純に思い、途上国と関わるキャリアへ進むことになりました。
アイ・シー・ネットでの仕事
前職までは自分の専門性を磨くことを重視していました。アイ・シー・ネットに入社してコンサルタントは売上を上げることが必要で、そのためには自分の専門分野だけではなく、いろんなプロジェクトに対応できる知恵と術が必要であると気づきました。当時、先輩から「カメレオンになれ」と激励されました。それは、自分の専門性を本来の色としつつも、プロジェクトに合わせて色を変化させるカメレオンのような対応力をつけなければならないということです。色を変えるために様々な研修を受け、少しでも対応できそうな案件に積極的に応札してきました。これまで関わったプロジェクトは自分の専門にこだわらず、営農・農業普及・農業一般・流通・マーケティング・零細小企業・コミュニティ開発・農村開発など多岐にわたります。ただ、気がついたら専門である農業機械やコメの収穫後処理技術についてもクライアントから声をかけていただくことが多く、結局自分の専門を生かせるプロジェクトにも関われているのでありがたいなと思います。
農業分野のプロジェクトは稲作、野菜、畜産、農産加工などサブセクターが数多くあり、それぞれに専門性が必要なため1社だけで対応することが難しいことがあります。そんなときは、他社に声をかけて一緒に実施したり、逆に他社から一緒にやろうと声をかけられたりすることもあます。日ごろから他社との社外での緩やかな付き合いを維持しており、その関係性で仕事に繋がることがあります。
未来のこと
これまで経験してきた分野に加えて、最近求められている農産物流通やフードバリューチェーンへの対応力を高めていき、長く農業プロジェクトに携わっていけたらいいなと思っています。自分はODA事業に育てられてきました。これからもこのODA業界に関われたらと思っています。
国際協力への想い
大学で日本語教育を学んでいたころ、スタディツアーでネパールやカンボジアへ行ったのですが、日本の子どもたちと同じかそれ以上に、現地の子どもたちが楽しそうに学校に通っている姿を見て、衝撃を受けました。一方で、授業や教材には課題が多いと感じ、自分に何かできることがあるのではと思い、国際協力業界に関心を持ちました。
大学卒業後に参加したJICA海外協力隊では、教師として知識・経験が足りず、力不足を痛感する毎日でした。帰国後は、教師として経験を積みたいと考え、日本の小学校で勤務し、外国につながる子どもたちの学習指導を担当しました。日々の仕事を通じて、教師の職能開発における授業研究や知識の共有の重要性を感じ、研究を通して知見を深めたいと考え、大学院へ進学。卒業後は、今までの経験を生かして、現場の最前線で教育開発にチャレンジしたいと思い、開発コンサルタント業界への就職を志望しました。
アイ・シー・ネットでの仕事
入社してすぐにパプアニューギニアの教員養成校で使用する算数教材を開発するプロジェクトに関わらせてもらいました。現地ではより良い教材を作るために議論を交わすところから、実際に教材を使った授業の実施まで、現地の教育省の職員や先生たちと思考錯誤しながら進めます。すべての現場で、現地の教育省の職員や先生たちと額を合わせて、日々悩んだり、学んだりしながら、様々な壁を一緒に乗り越えていくことが最高に楽しいと感じています。
バングラデシュのプロジェクトにも関わっていて、こちらでは業務調整を担当しています。資金管理、契約管理、現地スタッフのマネジメントなど、大変なことも多いのですが、将来、自分が総括になった時に必要な知識を現場で経験を積みながら勉強する機会をいただいていると感じています。
ODA事業以外では、研修講師もしています。オンラインツールの活用やファシリテーションの工夫などのノウハウは他の業務でも活用できますし、研修で扱うロジカルシンキングや調査手法などをODA事業で実践することで、研修講師としても研鑽を積むことができています。
未来のこと
途上国の教育分野の社会課題を解決するため、民間連携などODA事業以外のスキームも活用して、多角的にアプローチしたいです。また、パプアニューギニアに移り住んで全身全霊をささげて現地の発展に貢献している先輩社員を見てきたので、自分も同じように現地に第二の故郷を見つけて、腰を据えた活動をやってみたい、と密かに思っています。
TV番組制作会社での経験
新卒でTV番組制作の業界に入り、「世界ふしぎ発見」
をはじめとしたバラエティ番組、政治経済、ドラマなど様々な番組制作に携わりました。最後の10年間はチーフプロデューサーとして指揮を執り、3年間で200本以上の番組を世に出していましたが、自分が作ったものがちゃんと人に届くような仕事がしたい、人の役に立つ仕事をしたい、と思いTV番組制作業界を辞めました。49歳での決断でしたが、この業界で10年で成果を上げられるようになったのだから、他の業界でも10年頑張ればやれるはずだ、と考えたのです。
国際協力業界へ
幼いころから父親に「仕事とは社会に役立つことをするために予めその人に割り当てられている役割である」と言われていた影響があり、国際協力に携わることがしたいとは漠然と思っていました。前職で社会貢献をテーマにした番組に携わった際、彼らの仕事が社会の役に立っていると実感し、刺激を受けて、徐々に国際協力への興味が高まっていったのだと思います。
国際協力業界で働くには大学院へ行った方が良いとの知人の助言で、1年間イギリスの大学院でメディアに関して改めて理論的に学び直し、帰国後にJICAのシニア海外協力隊に参加。カンボジアの国営TV局の制作アドバイザーとして首都プノンペンに派遣されました。
一番印象に残っているのはカンボジア初のロボコンを開催したことです。当時カンボジアはスキルのあるエンジニアが少なかったので、ロボコンを通じて「スキルがあるエンジニア人材を増やすことができるのではないか」と思いました。
ロボコンに積極的に取り組んでいるタイの公共放送局から指導員を派遣してもらったり、他のシニアボランティアにも協力してもらったりして、無事に第1回目の大会を2014年に開催することができました。それ以降ロボコンは毎年開催されており、2023年8月にはカンボジアの首都プノンペンでついにアジアの国際大会が開催されました。自分が立ち上げた大会がこうして今でも続いているのは嬉しい事です。
アイ・シー・ネットでの仕事
映像制作を中心に、啓発、教材制作、広報などの業務に従事しています。具体的な作業はTV番組制作とODA事業では違うものの、プロデューサーの仕事はプロジェクト総括の仕事と似ていますし、ADの仕事は業務調整の仕事と一緒で、本質的に求められる能力は重なる部分が多いと感じます。
現在は「全世界2025年大阪・関西万博に向けた途上国の参加促進に係る情報収集・確認調査」プロジェクトで総括をしています。万博では、単独でパビリオンが作れない約100カ国が共同で展示をするのですが、その割り当てられたパビリオンで具体的に何を展示し、どう見せていくかを計画する業務です。
一見、開発コンサルタントが万博?と不思議に思われるかもしれませんが、技術協力プロジェクトも今回の万博プロジェクトも、途上国の人々のオーナーシップを尊重しつつ、彼らの希望の実現をサポートする、という点は、まさに我々が技術協力プロジェクト実施で培った強みを生かすことができると感じています。